LED照明のこれまでとこれからを考えてみた

medium_6221993120 photo credit: naoyafujii via photopin cc

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LEDはもはや光源のスタンダードなのか?

省電力と長寿命に優れた発光ダイオード(LED)照明が急速に普及し、市場が様変わりしている。市場成長のきっかけは東日本大震災後の電力不足懸念だが、現在は省エネ能力のみならず、インテリアとしてのデザインや照明の調整機能などを求める顧客が増えているためだ。省エネ・デザイン・性能をテーマに、メーカー側は開発競争を繰り広げている。

msn産経ニュースより


現在、新築住宅の主照明は、蛍光灯からLEDに取って代わったと言っても過言ではありません。
住宅用としてLED照明が普及し始めたのは、5,6年程前からではないかと思いますが、当時はまだまだ高価で、蛍光灯よりも省エネであることはわかってはいたものの、イニシャルコストとランニングコスト、器具交換も考慮したライフサイクルコストまで含めると、なかなかLED照明の採用には至りませんでした。

今もそうですが、LEDのダウンライトは、照明効率がある程度まで落ちると器具そのものを交換するものとしてメーカーは設計しています。

このようなコストもそうですが、LED普及の主な要因は、蛍光灯により定着した「お家全体を明るくしてくれる感」が圧倒的に日本人好みだったことなのではないかと考えます。

白熱電球と蛍光灯とLED

もうすでに生産停止が宣言された白熱電球。(国外では生産していますが)

確かにエネルギー消費が大きく、省エネ至上主義の日本では完全に過去の遺物となりつつあります。
でもやっぱり、電球にしか表現できない「燃焼している」明かりは、いまでも大変魅力的だと感じます。

実際、私も自宅を設計する際には、照明器具はできるだけ電球を使うようにしました。
交換が大変な場所の器具は部分的に蛍光灯を採用し、電球の持つ光の温かみと、調光による演出効果を最優先したのです。


しかし時は過ぎ、出始めの頃の演色性が最悪なLED照明は影を潜め、いまや電球で照らすよりも、食事が美味しそうに見えるものまで出回っています。

あのころのLED照明は、本当に、人間の顔色が悪く見えて、どんなひとでも入院寸前のような、粘土のような顔色になっていたのが懐かしく思えます。

そもそも、パイロットランプ程度の明かるさしか無かったLEDがまともな照明器具になったことが、驚くべきことです。

そして、ルイスポールセンのPH5プラスもLED化へ

我が家のPH5も、省エネ化の波に飲まれるように、150w電球は17wの電球形LEDへと姿を変えました。

それまでも電球は熱いし、すぐ切れるし、電気代も高いしとは思っていたのですが、150w相当の電球形LEDはなかなか市場に出回らず、満を持して購入したのがNECの100形相当の電球形LEDです。

LED特有の、直下照度は電球の時に比べると確実に明るくなりました。
当然、PH5にも干渉すること無くきっちり収まっています。


今のところ、実用上は満足していますが、やはり電球はほぼ360度に光が広がるのが最大のメリットでしたから、PH5の上面から漏れる天井を照らす明かりはほとんど見えなくなってしまいました。

これは大変残念なのですが、補助的な照明で補うようにしています。(結局ムダが多いような・・・)

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私が買った時よりもさらに安くなっているので、PH5を利用されている方で省エネ性も気になる方には強くオススメします。

家電量販店で照明器具を選ぶのはいかがなものか

ところで、冒頭のニュースの中では、照明器具メーカーのショールームを訪れた一般ユーザーが様々なデザインの照明器具があることについて大変驚いているというくだりがあります。

確かに、今どきのローコスト住宅では主照明すらついていないことも多く、賃貸マンションかのごとく、照明器具を自前で買ってこなくてはいけないこともあるそうです。
そして、冷蔵庫を買う感覚で、家電量販店でしか照明器具を見たことがなければ、そりゃ、驚くとは思いますが、そんな切ない家造りだけはして欲しくないな、と思っていまいます。

そんなの人の勝手だろ、と言われればそれまでですが。

おモチ型シーリングライト生活からの脱却とはいうものの

そして日本人が大好きな、おもち形シーリングライトに行き着く人が多いのですが、ここまで戦後の「明るいナショナル」思想を引っ張ってきているのも、スゴイことです。

TPOで明かりを使い分けることを一般ユーザーに説明してもなかなかわかってもらえず、家中どこにいても新聞が読めるくらいにしてくれって話になることが多いこと、多いこと。
あのおモチ、どうにかならないかな、と思っているんですが、かと言って欧米のようにスタンドを多用すると「お掃除ロボット」が掃除しにくくなってしまいますし。

今後ずっと、おモチが張り付いた天井が日本の明かりのスタンダードなのかと思うと、ちょっと悲しいです。
天井面がきれいな空間も素敵だと思うんですけどね。

一方で、変なインテリアコーディネーターが照明を提案し始めると、天井にやたらとダウンライトを配置してしまったりして、これもまた閉口してしまいます。
おモチじゃなきゃいいってものでもないでしょう。

このサイトを見てくださる方たちには釈迦に説法だとは思いますが、大光電機の高木さんの本はおもしろいので、図書館なんかで探して読んでみるといいと思います。
ダウンライトを多用したり、安直な間接照明がいかにダサいか、よくわかります。
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省エネもいいけど、明かりの本質も知ってほしい

照明器具メーカー各社の技術開発やその他いろいろな要因が重なり、凄まじい勢いでLEDは市民権を獲得しました。

本当は電球に頑張って欲しいのですが、もう世の中の流れは変わりそうにありません。
ただ、明かりの根本は「炎」なのではないかと私は考えていまして、住まいのどこか1箇所でもいいので、電球の器具を残すべきなんじゃないかな、と思っています。

オール電化住宅では、火を見ることがないからといって、安易に薪ストーブを設置する家もあるようですがそれはまたちょっと違ような、違わないような、微妙なところです。

少なくとも私は、電球をある程度買いだめしているので、どんなに省エネ省エネと言われようと、そのくらいの電気代は惜しまず使うつもりです。

結局、原発も無くならないような流れですからね・・・。

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